« どうなっているのニッポン | トップページ | 自分の頭で考えることの大切さ »

2008年4月 7日 (月)

TV番組「兵士たちが記録した南京大虐殺」をみて

4月6日の深夜、「日本テレビ」で放映したNNNドキュメント08「兵士たちが記録した南京大虐殺」(50分・ディレクター=中村明)という番組をみた。説得力があった。福島に住む小野賢二さんが、地元出身の元日本兵の「陣中日記」を丹念に掘り起こした記録だが、そこに刻まれた事実には重みがあった。小野さんは「当時書いたものと現代の証言とは違う。証言は本人の考え方が変わると変化するので限界がある」として、当時戦場で書かれた「陣中日記」に徹底的にこだわった。その日記を入手するために、元兵士を探しあて実に20年の時間をかけている。よくて1年に1冊入手するペースだったという。それも、小野さんは学者ではなく製造業で40年働いている労働者であり、その合間に調査を続けた。

小野さんがこだわったのは、福島・会津若松の「歩兵65連隊」という一つの部隊だった。発掘した「陣中日記」には、補給路をもたず「徴発」(略奪)しながら進軍する様子、そして南京を陥落したものの大量の捕虜に困り果て、虐殺に及ぶ経緯を見ることができる。日記には「捕虜兵約3千を射殺」「捕虜残部1万数千を銃殺」という生々しい文字が残っている。揚子江の川岸に1万人以上を囲いこんで、機関銃でダダダダと撃ち殺していくさまは「阿鼻叫喚」だったと、元兵士が94年撮影のビデオで語っている。揚子江の川岸が選ばれたのは、死体を河に流せるので処理が容易だったこと(それでも丸2日かかっている)、南京郊外なので外国に情報がもれにくいことなどがあったという。

元兵士はまたこう語っていた。「銃殺した死体にガソリンをかけて火をつけた。そして死骸を銃剣で突いて歩いて、トドメを刺した」と。「なぜガソリンをかけたのか?」という質問には、理由を述べることなく「命令だったから」というだけだった。「命令だったから」というこの言葉に「職務命令だから」「上からの指示だから」と、おかしいことにおかしいと言わなくなった今の日本を私は連想してしまった。

これまで南京大虐殺については、数万か10万か30万か、など数字の問題ばかりが話題になっているが、この番組をみると、少なくても会津若松の歩兵65連隊が行った虐殺の数字は明確だった。でも、数字よりもこうした侵略戦争の真実を知り、後世にきちんと伝えていくことが一番必要だろう。番組は、狩り出された下層農民の日本兵が家族を思いながら、精神的に追い詰められていく過程や心理も描いていて、奥が深い。深夜に流れたのは惜しいが、「靖国 YASUKUNI」の上映中止騒ぎのなかで、こうした優れた番組がマスコミに流れた意味は大きいと思う。(ラビ)

|

« どうなっているのニッポン | トップページ | 自分の頭で考えることの大切さ »

コメント

はい、また違う。世田谷区程の広さしかない南京内で数万単位の住民をリンチにかけて焼き殺すほど当時の日本陸軍に精神的余裕や豊富な武器弾薬は、あり得ません。
それと会津若松65連隊などと言うけったいな愚連隊は、存在していません。ジャーナリストを気取るならその位自分たちでちゃんと調べなさい。
それから〝ガソリン〟を撒いて死体処理???もう馬鹿馬鹿しいと思えない時点でジャーナリスト失格です。「ダダダっと機関銃で捕虜を次から次と撃ち殺す云々」馬鹿ですかあ?そんなハッチャラメッチャラな軍律で大陸の奥地まで進軍できませんよ(笑)南京郊外だと情報が遮断される?いえいえそもそも南京に郊外なんてあり得ません。馬鹿ですかあ?いい加減にしなさい。ちゃんと調べなさい。裏を取ると言う地道な作業を怠るな。ジャーナリズムの基本です。もう少し真面目に生きなさい。

投稿: ゼブラ | 2008年5月14日 (水) 20時04分

65連隊の虐殺について戦後、隠蔽文筆活動をして来たのは福島民友新聞社の論説主幹でもあった阿部輝郎氏です。それに協力して来たのが終戦時少佐で南京陥落時少尉の平林貞治氏です(氏は戦友会会長もされています。)。これらの事実は父(栗原利一)宛ての故板倉由明氏の複数の手紙から判明しています。南京に対する否定的なコメントは防衛省防衛研究所戦史部を中核とした人々による意図的なものです。あまり気にされないほうがいいと思います。

投稿: 核心 | 2008年7月14日 (月) 07時21分

おい、ゼブラとやら批判するならするでちゃんとした言葉遣いをしろ、正しい日本語も使えないような礼儀知らずの馬鹿に他人を叩く資格はない。

投稿: R | 2008年8月28日 (木) 12時36分

なぜ栗原利一の息子の話で南京大虐殺があったことが証明されてしまうのか?

1.栗原利一は魚雷営の1日目の中国人の2千人の斬首について、息子に話していた。

2.大湾子の捕虜殺害は1万3千5百人である(スケッチブックより)。

3.65連隊は全体で2万人の捕虜を殺害した(小野賢二氏の聞き取りより)。
  (当時の新聞なども同じ数字を捕獲捕虜として挙げている。)

4.魚雷営の捕虜殺害は65連隊である(小野賢二氏の聞き取りなどにより)。
  (魚雷営の2日目、3日目は5千人が殺害されている。)

結果として65連隊の2万人の捕獲捕虜の殺害について全て明白になる。

栗原利一は全体で7万余人と記述している(スケッチブックより)。
これは当時公表された捕獲捕虜や遺棄死体数とほぼ一致する。

つまり、日本陸軍は南京陥落時に全体として7万余人の捕虜を確信的に殺害したのである。

(中国側の言う30万人は死体の数なので矛盾しない。)

投稿: 核心 | 2008年11月10日 (月) 15時52分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/163413/40804393

この記事へのトラックバック一覧です: TV番組「兵士たちが記録した南京大虐殺」をみて:

» 城田優 [城田優]
城田優 [続きを読む]

受信: 2008年4月 7日 (月) 19時55分

« どうなっているのニッポン | トップページ | 自分の頭で考えることの大切さ »