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2007年9月30日 (日)

少数の余計者

さまざまな運動の分野で、体を張って(人生を賭けて)頑張っている人をみると「すごい」と思う。「君が代不起立」を貫いている根津公子さんなどその典型だろう。しかし、世間からは冷ややかな眼で見られている。でもいつの時代もそうだったのだ。以前、読んだアンドレ・レノレ著「出るクイはうたれる」の以下の一節を思い出した。かれは宣教師で、日本に長く住み、労働運動に関わっていた人である。
「人間としての尊厳を守るために頭をあげてたたかう者はいつでも少数である。しかしその少数者こそが深いところでの変革を芽生えさせる。聖書にも“少数の余計者”のおかげで多数の人々が救われたという話があちこちにある」・・・“少数の余計者”この言葉をかみしめたい。(ラビ)

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2007年9月23日 (日)

エスカレーターに座った!

0923ikebukuro 23日午後10時ごろ、地下鉄「新線池袋」駅で下りのエスカレーターに乗っていたら、前にいた若い女性3人がいきなりエスカレーターの階段に腰を下ろした。つまりエスカレーターにじかにお尻を付いて座ったのである。別に酔っ払っていたわけでもないし、ひどく疲れた、という雰囲気でもなかった。これには驚いた! 思わずケータイでシャッターを切った。(ラビ)

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2007年9月14日 (金)

Gmailがこわい!

グーグルが快調だ。さまざまな画期的サービスを提供していて、私もなんとなく「親しみ」を感じていた。そのサービスのひとつに、無料のGmailがあるが、容量が2ギガあってバックアップにも使えるとか、迷惑メールのシャッタアウト率が高いとか、いいことづくめなのだ。さっそく私もGmailでアドレスを取得した。

ところが先日、パソコンに詳しいアメリカ人がこんな話をしていた。「Gmailはやめたほうがいい。サーバに残るすべてのメールが、グーグルのものになってしまう。たとえば、政府から照会があったとき、メールのログを差し出してしまう可能性もある。個人のメールをすべてチェックすれば、その人の交際関係・思想・趣味などすべて把握されることになる。商品販売のための顧客調査にも使われかねない。これは恐ろしいことだ」。つまり、グーグルが無料で2ギガも提供するには、かれらなりのメリットがあるということである。つまり、個人の情報を取得することができ、その情報が「カネ」に変わるのである。

個人情報はある意味で、「その人そのもの」でもある。「無料」にだまされて、奪われないように気をつけなくては。(ラビ)

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2007年9月 7日 (金)

民衆メディアの面目躍如

Photo_2 メディアの話のつづき。
「東京新聞」が「メディア市民革命~米国の最前線から」という連載を始めている。これがけっこう面白い。政界を揺るがす「政治ブロガー」や、中国の権力の横暴な姿を厳しい規制をくぐりぬけて報道するサイト「ボシュンニュース」や、突っ込んだドキュメンタリーを流すネットTV局「ストーリー・ブリッジTV」などを紹介している。これらは「市民(民衆)メディア」の成功例だ。それらに共通するのは、「マスコミが伝えないことを伝える」「当事者による発信」ということだ。そこに情報の価値がうまれている。

前回のブログで、「プロの(質の高い)ジャーナリストの仕事が重要」と書いたが、プロではない市民(民衆)メディアが力を発揮するのは、「マスコミ的な外からの取材では得られない情報。つまり当事者自身による発信情報」なのだと思う。

「東京新聞」の「ボシュンニュース」の記事にはこうある。「中国では、国内の報道機関は当局に厳しく規制されており、政府に都合の悪いこれらのニュースは自由に報道できず、記者が現場に行くことすら禁止されている。"それなら市民に記事を書いてもらって、中国の真実の姿を伝えようと考えた"」と。民衆のメディアの面目躍如だ。(ラビ)

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2007年9月 1日 (土)

ニュースの質はジャーナリストの質

「週刊金曜日」最新号(8/31付)の「貧困なる精神」に、原寿雄さんのインターネッ
ト新聞に関するコメントが載っていた。タイトルは「今のインターネット新聞では
追及に限界」。ネット新聞に批判的なコメントである。たとえば、こうだ。

「『オーマイニュース』の日本語版も、市民記者の質のレベルの問題が相当あるみ
たいだね」
「インターネットは・・オピニオン・ジャーナリズムを革命的に発展させるが、事
実を発掘して報道するには、パーソナル・メディアとしての大きな限界がある」
「人間の問題なんだよ。ちゃんと目と取材力、表現と意識を鍛えない限りジャーナ
リズムにならない」
「カギは事実発掘。・・やはり、権力監視・社会正義の追求には組織的なジャーナ
リスト活動が不可欠な場合が多い」
「ニュースの質はすなわちジャーナリストの質でしょう」

かれが言いたいことは、「オーマイニュースなどの『市民メディア』が、一般の新
聞をこえることはできない。やはりプロの(質の高い)ジャーナリストの仕事が重
要なんだ」ということ。私はこの意見に賛成だ。オーマイニュースやJANJANをたま
に見ているが、これは、という記事は非常に少ない。それより「きっこのブログ」
「五十嵐仁の転成仁語」「森田実の時代を斬る」などの「ブログ」のほうが、よほ
ど面白い。その理由は、後者のブログは、その道のプロ(専門家)の仕事だから、
読みごたえもあり、役に立つのだろう。

「ニュースの質はジャーナリストの質」という原さんの指摘は、「インターネット・
メディア」にかかわっている自分にとっても示唆に富むものだった。(ラビ)

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