« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月 6日 (月)

吉川勇一の「小田実」弔辞

8月4日、小田実の葬儀が東京であった。これには出たかった。葬儀のあとに「We shall overcome」を歌いながらデモをすると聞いて、ますますそう思った。でも、この日は先約で身動きがとれない。グッとこらえた。一番興味があったのは、小田実の葬儀はどう表現されるのか、ということだった。とりあえず、盟友の吉川勇一のホームページを見た。吉川さんは、弔辞は一人3分に制約されていて全文読めなかったので、全文をホームページ(http://www.jca.apc.org/~yyoffice/index.html)に掲載していた。その文章がよかった。「米脱走兵援助」運動のことがたくさん出てくる。じつは、私も当時「脱走兵を援助したい。自分の家にかくまおう」と思って、ベ平連の脱走兵援助組織(ジャテック)と接触したことがあった。結局、実現しなかったが、いま思うと大胆なことを考えていたわけだ。まあ、そういう時代だったのだ。吉川さんの弔辞で、一番印象に残ったのは、以下のところだ。

「運動に加わった知識人のなかで、あなたは稀有な存在でした。(中略)その後の幾多の運動のなかで、たとえばイラク反戦の運動の中で、反戦を強く唱える作家や、評論家や、学者は多くいます。しかし、あなたのように、運動の最先頭の修羅場に身を置いて、そこで有名、無名の区別なく、ともに一人の個人、一人の市民として平等に行動を続けてゆく、そういう人を私は、残念ながら知りません」

この文章は吉川勇一の左翼知識人批判でもある。私も同感だ。「一人の個人として平等に行動する」というあたりまえの価値観を復権したいものだ。(ラビ)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »