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2007年7月31日 (火)

「人間ちょぼちょぼ」の小田実がなくなった

7月30日、小田実さんがなくなった。春から「末期ガン」になっていることは知っていた。選挙報道の最中にもかかわらず「東京新聞」が何本もの追悼記事を大きく載せているのをみると、やはり社会的に大きな存在だったのだと思う。19歳で初めて社会運動をしたのが「ベ平連」だった私としては、「小田実」や「吉川勇一」(ベ平連事務局長)は忘れられない人物だ。小田実は「人間みなちょぼちょぼ」という持論を展開していたが、みんなが「みなちょぼちょぼ」という哲学をもてば、戦争も独裁も内ゲバも起きないだろう。「俺がえらいんだ。上なんだ。指導するんだ。絶対だ」というところから、不幸が始まる。ベ平連運動が、当時爆発的広がりとエネルギーを発揮したのも、その運動原理にすぐれた点にあったからだ。それは「みなちょぼちょぼ」の人間一人ひとりが主人公であるという原理で、だれかが命令してみんなが従うという運動ではなく、一人ひとりが自分の判断と創意性で運動をつくっていったことだ。「いいだしっぺ主義」と言われ、ある人が「私が◯◯ベ平連」と名乗れば運動がスタートする。実際、私もそうやってベ平連をつくった経験がある。
「東京新聞」(7/31)の記事の中に、こんなことも書かれていた。「(小田実が)ある国際集会に招かれ、参加者の若者たちが『インターナショナル』を歌っていた場面で小田さんは一人起立しなかった」という。右であれ左であれ、自分が納得できない価値観には従わなかった小田さん。権威主義や強制が大嫌いだったのだろう。(ラビ)

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2007年7月28日 (土)

学生にインパクト与えた『ジョリモーム』

Jori01
ビデオプレスが出しているDVD
ジョリモーム路上コンサート
が密かなベストセラーとなって
いる。といってもたくさん数が
出ているわけではないが、確実
に口コミで広がっているのだ。
きのうある大学の先生からメー
ルをもらった。かれは「市民の
ための政治学」のなかでジョリモームを見せている。そのなかで、
学生からこんな反応があったという。
******* ここから *******
「…先日見せていただいたジョリモームのDVDはあまりに
圧巻だったので購入した。ビデオプレスには他にも興味を
そそるDVDやビデオがたくさんあり、給料(バイト代か?)
が出たらまた買おうと思う。DVDの中の「すべてがうまく
いっていたのに」「名前を明かさず」「バリケード」など
どれも改めて見て圧巻だった。ジョリモームを日本に呼ぶ
なら是非見に行きたい。こないのならパリに行って見たい…」
******* ここまで *******
授業で使ったのはこれまで2回で、毎回すごいインパクトで、
ほとんど全員が「すごい」「重いテーマを楽しく歌っている」
「街中で訴える人がいて、そこに集まる人がいる」
「日本にもあったら…」というリアクションがあったという。
「ジョリモーム」は確実に日本の学生の心をとらえたわけだ。
反グローバリズムで左翼バリバリのジョリモームが受け止めら
れるわけだから、日本の左翼も可能性があることになる。ただし、
ジョリモーム並みの思想性と表現力を持てればの話だが。(ラビ)

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2007年7月17日 (火)

「日本人でよかった」ですね(続き)

きのう丸川珠代さんのポスターの話を書いてばかりだが、きょうのスポーツ報知に
以下の記事が配信された。この記事には笑えた。日本大好きのはずの丸川さんだ
が、本当はアメリカ大好きじゃないのかな・・・。(ラビ)

丸川珠代氏、選挙権なし…NYから帰国後3年、転入届未提出 (スポーツ報知)
 元テレビ朝日アナウンサーの丸川珠代氏(36)=自民・東京選挙区=が
16日、期日前投票を門前払いされた。丸川氏は約3年前に海外勤務から帰国
しているのに、今年4月まで転入届を未提出。投票権が消滅した状態だった。
同氏は「忙しくて(転入手続きを)忘れてしまって」と釈明したが、ここ3年
選挙に行っていないのではという疑惑も浮上。とりあえず貴重な1票は確実に
失ってしまった。

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2007年7月16日 (月)

「日本人でよかった」ですね

Poster 参議院選挙のポスターを見ていたら、丸川珠代氏の「日本人でよかった」という文字が飛び込んできた。非常に不愉快だった。とたんにフラッシュバックしたのが、30年前に私が勤めていた会社で、聞いたセリフだ。そのころTVではよくインドシナ難民の報道があったが、それを見て20代の女性社員がよく言っていたのが「日本に生まれてよかった」だった。そして、もうひとつは、忘年会の席上で出世コースに乗っていた係長が話したこと。「給料が少ないとかいろいろ不満があっても、インドシナの悲惨な国の人々に比べれば、こうして宴会ができるだけでも幸せだ」という言葉だ。

「日本人でよかった」という言葉は、「他の国(人)は関係ない。自分だけよければいい」という意味を含んでいる。なんとさもしい根性だろう。世界の人々の悲惨な現実と日本がどう関係しているのか、日本の豊かさはそうした人々の犠牲に上にないのか、と言った思考には至らない。「日本人でよかった」と言ったとたん、そこで思考停止してしまうのだ。世界中が「中国人でよかった」「韓国人でよかった」、「アメリカ人でよかった」などというポスターだらけになったら、どういう世界になるのか。ちょっとは想像力を働かせてほしいものだ。(ラビ)

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2007年7月13日 (金)

安倍首相のインチキ「労使国賊論」

7月12日夜のTBSニュース23で、党首討論を見た。安倍首相は、
年金問題のすり替えに躍起となっていたが、そこで取り上げた
の20年前の「国鉄改革」である。

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安倍首相は「年金がこうなったのは社保庁の悪しき労使慣行が
原因。国鉄と同じだった。分割・民営化で、やる気のある職員
だけに残ってもらって、JRはよくなった。社保庁も同じ方法で
生まれ変わる」「悪しき労使慣行を支持していたのが、野党だっ
た」という趣旨の発言を得々としていた。

安倍の狙いははっきりしている。国鉄の大赤字の原因は働かない
職員がいたからで、今度の社保庁も同じ。だから、悪い職員を選
んでばっさりクビを切るというわけだ。そして、悪い職員は、労
働組合活動家であり、民主党や社民・共産の野党だという図式だ。

あまりに乱暴で粗雑な主張だが、気になったのは、野党党首がこ
れに対してきちんと反論しないことだった。20~25年前の「反国
労キャンペーン」の亡霊がまだ生きているのだ。

国鉄の大赤字の原因は、新幹線の投資や「我田引鉄」など自民党
利権がからんでいるのだが、それをすべて労働者の責任に押しつけ
たのが「国鉄改革」。それを煽ったのはマスメディアだった。当時
1982年「文芸春秋」に評論家の屋山太郎は「国鉄労使国賊論」を書
き、これがキャンペーンのもとになった。

その屋山が再びいま登場している。今回は「WILL」8月号で「旧国
鉄労使よりひどい社保庁労使国賊論」を書き、「国鉄民営化と同じ
ように、労働者を悪者に仕立てることで、乗り切れ」とアジってい
る。安倍は支持率挽回の最後の切り札の一つとして、この「労使国
賊論」を使い、国民のなかにある反公務員意識をあおって、夢よも
う一度、というわけだ。

今回は、簡単にこの「労使国賊論」が浸透するとは思えない。だが、
問題はこんなデタラメな言動を許しておいていいのかということだ。
とくに、「国鉄改革」で1047名の解雇という犠牲を強いられた国労
闘争団や支援者は、「生き証人」として、「国鉄改革」のインチキを
暴露すべきだろう。

JRの20年とは、新たな利権の分捕りあいであり、安全軽視・サービス
低下・地方切り捨てであったことははっきりしている。JRが先導して
きた金もうけ万能・民営化路線こそが、日本社会を劣化させているこ
と、そして国家による不当労働行為(組合つぶし)が、不当労働行為
やり得の風潮を作り、労働者の権利低下・格差社会に至っていること
を訴えていくべきだろう。

すっかり世の中から忘れられていた国鉄問題だったが、安倍さんのおか
げで、再び脚光を浴びることになった。この機会に、中曽根~小泉~安倍
の路線をしっかり見据えたいものだ。(ラビ)

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トラックバックが殺到した『TOKKO 特攻』

6/14付けで本ブログに書いた「映画『TOKKO 特攻』のすごさ」の記事に対して、トラックバックが付いた、という連絡メールが「殺到」して驚いた。現在、トラックバックの数は48になり、当ブログとしては新記録である。わたしには、トラックバックの仕組みそのものがよくわからず、(リンクの一種であることは認識できるのだが)、喜んでいいのか、いまだにわからない。というのはエロサイトからのトラックバックもよくあるからだ。ただ一時期に「殺到」したということは、このブログがどこかで取り上げられたということなのだろう。インターネット、恐るべしだ。とにかく『TOKKO 特攻』は超おすすめ。7/21から公開される。(ラビ)

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2007年7月 6日 (金)

ドキュメンタリー映画「終わりよければすべてよし」

羽田澄子監督のこの映画を岩波ホールで観た。昼間なのに200名の席は満員。90%以上が女性で、それも高齢の女性だった。日本の3ヶ所に加え、オーストラリアやスウェーデンの現状も取材した2時間10分の大作だが、取材先が多すぎ、盛り込みすぎのきらいはあった。でも羽田澄子が「これだけはいいたい」「こうしなくては」という強烈なメッセージにびんびん伝わってくるいい作品だ。

「人間は必ず死ぬ。できれば安らかにポックリ死にたい」。これがだれもの願いなのだが、現実はまったく逆。「病院で延命治療を受け、苦しんで死ぬ」ケースが多い。これを何とかしなくては、この映画のテーマはこれだ。昔は8割が自宅で死んだが、いまは8割が病院で死ぬという。海外に比べて遅れに遅れてしまった日本の医療と福祉。小泉改革でズタズタの現場。そんな中でも、今までの医療に疑問を感じて、在宅医療・在宅ケアの試みがはじまっている。映画はそれを丁寧に紹介し、そうした「地域医療」をつくろうと呼びかけている。

この日の高齢者の集まり具合でもわかるが、これはもう単なる「映画観賞会」ではない。これからどうするかという切実な「勉強会」「社会運動」なのだった。50台の私にとっても他人事ではなかった。映画には、数日後に死んだ人の様子・インタビューが何人か映し出されていた。あれを見ていると、体はかなり弱っているが、死ぬ直前もけっこう穏やかに生きていけることがわかった。「安心して老い死ねる社会」にしたいものだ。(ラビ)

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